蝉のぬけがら

なんとでもなるよ

妄想めたるぎあ

ラグナロクの感想が全然纏まらないのでたまたま見たこれの話をしたい

variety.comコメント欄見たらアレだったんだけど大丈夫かな(ジュラシックワールドまだ見てないんです)。まあ企画が上手くいくかどうかも映画がどうなるかもまだまだなのであまり楽しみにしちゃ行けないんですけれども、やっぱりあれですよ、ほら、

誰がどの役で出るのかというのを考えてしまうんですよ。

ドリームキャスト(ゲーム機じゃない)なんですよ。

ということでなんとなく調べてたらすごい数出てきた。すごいねMGS。そもそもMGSの実写化とは決まってはないんだけど。

Metal Gear Solid Movie: Fan-Casting Every Major Role

結構自分のイメージに近い、というやつ。完全に見た目だけやん、とかあるけど、まあファンキャスティングだしね。

ブライアン・クランストンおじさんがキャンベルだったりロビン・ライトがザ・ボスなのがすごくわかる(ワンダーウーマンのアンティオペ将軍でブレラン2049のジョシですよ!彼女結構気に入っているんですよね)。あとトム・ヒドルストンにリキッドを演じてほしいマジで。「残念だったな、兄弟」とか言って欲しいでしょ!好きな俳優でもあるけれど、あのロキを演じたトムヒならきっとリキッドになれるはず。だってロキとリキッドって似てるし、色々と。あと、記事をグーグル先生に訳していただいたところ「いくつかの確実な死のシナリオの後にまだ生きているのを見て嬉しい俳優が必要です。」だそうです。よくご存じで。ただ、このキャストをそのままだと膨大なキャスティング料になりそうだ笑

あと個人的に言えばグレイフォックスはマッツ・ミケルセンがいいです。かっこいいし。銀髪だし。まあ自分が好きなだけなんだけど。

正直誰がどの役に選ばれたとしても色々文句は言われるだろうしね~気長にほんの少し期待しながら待つのが良さそう。

 

グーグル先生、ヒルステストンって誰ですか

 

 

例のあのやつ

 

The Art of Metal Gear Solid I-IV

The Art of Metal Gear Solid I-IV

 

 出るんですってよ

まあ1から4までどれくらい収録されてんのかわからないけれど、前のVと同じ感じなのでしょうか。

それはそうと、ソー/ラグナロク見てきました。とても楽しかったのでブログ書きたいです

ブレードランナーは救世主の夢を見るか?

2049年のLAは2019年のLAではない。

あの雨と煙の街、ネオンやホログラムの広告が輝いているが、それにはどこかむなしさを感じる。確かにそれはブレードランナーのロサンゼルスで、かつての多国籍な雑踏はあるが、どこか空疎だ。それはKが見ているロサンゼルスだからだろうか。それならば何故、どこにでも紛れ込めそうなのに、どこにもなじめない風に感じてしまうのだろう。

 

ブレードランナーをだいぶん昔に見て、久しぶりに見たら(ファイナルカット版)これは好きになるしかない、オールタイムベストな映画だ、と感じた。雨と煙の立ちこめる、夜の街に輝く広告や光る傘に、空を飛ぶ車。雨の中の涙。炎の上がる2019年のLAは、今となっては夢のある未来なのだ。希望の未来、新しい未来だった。それはもう2019年が来るといういまでも同じだ。2049年のLAは、それもやがて終わりへと向かっていくかのような感じだ。

見終わった後でさえ、ずっと心が2049年のLAに取り残されたままだ。特別な誰かになりたい、必要とされる誰かになって受け入れられたい、愛されたい。それは自然的な欲求だ。人はいつだって、特別な存在でいたいのだ。

joiやluvといった女性たち、記憶、記録、真実が自分にとって都合の良いものではないかも知れないと思いながら、それを信じたいと思う気持ち。これはハードボイルドな話でもあり、人とレプリカントを隔てるものが何か、人とは何かを発展させてきたものでもあり、誰かになるという話だ。Kは孤独だ。だから、彼は自分の居場所を探し求めてしまう。どこかにある、それを。だが、自分探しなんてしてもそこに自分がなければ、意味が無い。確かじゃないものにすがりたくなる。見えないもの、感情とか。人とレプリカントの違いが魂があるかどうかなんていう神秘で言うほど、境界が曖昧になっていく。それを隔てるのは、崩すのは誰なのか。自分であったらどれだけいいものか。

人よりも人らしく。人間らしさを求めたレプリカントはどんな夢を見ているのだろう。

彼が最後につかんだのは彼という人間の勝利なのではないのかな、と思った。

おそらく前作を見ていない人でも楽しめるし、その後で前作を見るのも良いかな、と思いました。

しかし、joi演じるアナ・デ・アルマスさんはかわいすぎますね。ずっとjoiのことを考えてしまう。

余談

そのコヴェナントなんですけど、オジマンディアスの詩が使われてんですね…リドスコ

もしもの世界線

最近、もし「マイティ・ソー」をリドリー・スコットが撮ったらどうなるのだろうという考えが頭に浮かんだ。

というのもエイリアン:コヴェナントのあれそれを聞いているうちに、どうしてもわき上がってしまったのだ。コヴェナントがリドスコ御大のマイケル・ファスベンダーに狂わされた後性癖を押しつけた結果生まれたファスベンダーがすごい映画になったというのを聞いたらそりゃあ妄想したくなるでしょう(まあ、エイリアンシリーズ未見で順を追って見るつもりなので見れてないので真相はわかりません)。そもそも、ワタクシリドリー・スコットの映画を語れるほど見れてないのもあり、難しい。圧倒的に時間が足りていないのだ。それは仕方ないのだけども…

で、どうなるのだろうか。

やはりブレランのルトガー・ハウアーみたいなことになるのだろうか、ロキが。

99分署!

Netflixで配信されてる「ブルックリン・ナインナイン」を最近見てます。ゆる~いけれどしっかりした話につい見入っちゃって出てくる人たちに愛着の湧いちゃう、気軽に見れるドラマです。1話20分だからさらっと見れるの、良いよね

ドラマといえばSHERLOCKのシーズン4をようやく見終えました。「臥せる探偵」が一番好きかな~ベネディクト・カンバーバッチが主演してたドクター・ストレンジおもいだしちゃったけれど。メアリーさんのことであれこれ言われてたことをようやく把握できました。確かにアレはアレです

 

海外ドラマを今までまともに見てこなかったから、見ていると映画みたいなんだよな、10時間の映画みたい。ドラマと映画の境界って何なのだろうね

 

残るのは恋人たちだけ

オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴを見ました。コーヒー・アンド・シガレッツのジム・ジャームッシュ監督の作品。

デトロイトに住むアングラな音楽家、長い時を生きる吸血鬼であるアダムには、モロッコ・タンジールに居を構える同じく吸血鬼であり愛する人、イヴがいる。あるとき、イヴはアダムのいるデトロイトへ会いに行くことに決め、ふたりは再会する。久しぶりの愛する人との時間を楽しみながら、日々を過ごしていた。しかし、そこへイヴの妹であり破天荒な吸血鬼、エヴァが現れ、日々に変化が訪れる

 なんか妙に後ろ向きな気がしたんですけど、どうなんすかね。

アダムとイヴは対称的な性格や格好をしています。アダムは後ろ向きで恋人に引っ張られて精神的な安らぎを与えられるような音楽家だ、木の弾丸を使って自分を撃ち抜こうとするくらいには時代に追い詰められているような(吸血鬼映画のお約束みたいなもんらしいですね、木の杭)。反対に、イヴはオプティミスティックでそんな傷ついている彼を見守るような姉さんみたいな恋人だ。アダムがギャグみたく面倒で回りくどい方法でテレビ電話にする一方イヴはiPhoneを使ってるし、内側に籠もる彼に対して、比較的にオープンだ。どちらも貴族的な吸血鬼で、古き時代から生き続け、愛し合い続けている。演じているのがトム・ヒドルストンティルダ・スウィントンという「この二人は本当に吸血鬼です」と言われても納得してしまうような説得力のある二人なので、シーン一つ一つが絵画みたいに見えました。一番好きなシーンは二人が踊るシーンで、あのゆらゆらとレコードに合わせて踊る姿が本当に美しいな、と思ったんです。言葉ではなく、あの動きの中に二人の深い結びつきが見えて、愛し合っているのが感覚的にわかる。ため息が出てしまうほど素敵な場面だと個人的には思います。

あちこちにちりばめられたネタや日々をそのままに映すのは健在してます。ラブストーリーとしてこの映画が結構気に入ってて、ささやかな会話だとか仕草に愛情が見えるのが好きなんですよね。時代に合わないと感じた人たちの出した結論があれなのが悲しいような、何とも言えない気持ちになったんですが、どうでしょう。

とりあえず、ミア・ワシコウスカはかわいいですね。

あとトムヒに医者の服を着せるということをしてくださりありがとうございます。ただ立っているだけで人殺してそうな雰囲気が出てたので素晴らしいと思います。