ヘンリー/ある連続殺人鬼の記録

心に傷を負っている。それは決して何かで埋めることも、また消すことも出来ない。その行為に意味などない。そこに意味を見いだすわけでもなく、ただ苦しみから逃げ出そうとするあがきなのかもしれない。だが誰にも理解されなくとも気にしない。そこには何もないのだから。必要だから、そうしただけだ。

 

これはヘンリーという男の目を通して語られる日常の一風景だ。画面に映る死体たちは、ただそこに”ある”だけで、何か感慨深いものでもない、物体に過ぎない。それらに向き合う 彼の目には何もない。まさしく虚無というべきか、後悔も怒りも申し訳なさも、一つの感情もない。どうしようもない痛みを癒やすわけでもない。誰かの代用品でもなければ目的があるのでもない済んだ後は全く興味がないのだ。いや、彼にとってそれらは最初から何でもないものでしかない。彼は母親という自分の生き方に影響を与えた者の呪縛から、未だ抜け出せないでいる。彼は殺す理由を語らない。傷ついた心を隠すためではなく、母親への恨みを他の女性にも向けているのでもなく、ただ彼の忌まわしい過去から生じた衝動に過ぎないのかもしれない。

そんな彼の元に、彼と同じような悲惨な経験をした女性、ベッキーが現れる。彼女はお互いの過去を話した後、昔から知っているような気がすると言う。ヘンリーはそれに同意する。そのときのヘンリーの瞳は、傷ついた子どもの瞳だ。同情を引くわけでもない、ただ淡々と、嘘を自然とつきながら語るその目は過去の深い痛みを隠しきることが出来ない。ちょっとした仕草、何度も聞き返したり文字が読めなかったりするといったことから、彼がどのような仕打ちを受けていたのかが分かってしまう。それに深い痛みを感じてしまう。そんな似た境遇、似た傷を持った彼女と出会い、彼は恋にも似たような感情をベッキーに対して向けるようになる。彼が彼女へ捧げるのは純粋な愛情だ。性愛に嫌な記憶しかない彼にとってそれは穢らわしく不快な物であり、そんなものを求める事に対して強い怒りを抱いたままだ。

だが、そんな側面は彼にとってどうでもいい。ある連続殺人鬼の日常は、単なる日常でしかない。淡々とした、まるでそこだけ切り取ったかのような続きのある日々。まさしく記録という物だろう。間違いなく異常でしかないのに、彼にとってはそれは普通なのだ。どこまでも異常な絵が続くのに、あまりにもあっさりとしている。殺人に対するもろもろの感情は、彼の目を通すと無味乾燥になってしまう。ちょうど我々の日常がいつも特別なことであふれかえっているように感じないのと同じように。

瞳には何も映らない。自分の過去を思い出させるような行動に怒り、気に入らない態度に怒り、その結果起こったことには、何もない目で見つめる。何が起ころうとも、次にはいつもの風景になってしまう。事を犯した時、逃げ回ればいいと彼は語る。焦りや動揺はなく、いつものことでしかない。

かわいそうだとかいった同情は一切湧いてこないにも関わらず、心をナイフで何度も突き立てられたかのような感覚に苛まれる。それは間違いなく私の痛みで、ヘンリーの痛みなのだ。